森を出たばかりの頃は、右も左もわからなかった。
目の前に広がる世界の大きさにただただ圧倒されたことを覚えている。
物心つく前からコキリの森で育ってきたリンクにとって、全てが真新しかった。
青い空、白い雲、吹き抜ける風、見渡す限りの平原。
目に見えるもの全てが新鮮で、まだ10歳だったリンクの胸は大きく高鳴った。
「ナビィ!すごいよ!あんなに青い空、俺初めて見たよ!」
「ほんと、キレイ!コキリの森の空はあんなに青くなかったものね〜」
「空気もおいしいし」
「お城まで遠いけど、景色を見ながらゆっくり行きましょうよ」
「うんっ」
リンクは笑って頷くと、真っ青な空を眺めながら歩いた。
* * * * *
「ここが城下町かあ…」
平原を歩き、お堀にかけられている橋を渡った先はかの有名なハイラル城下町だった。
昼間の城下町は人も多いせいか活気が溢れており、店の主人が果物を売っている声や着飾った婦人達が楽しそうに
談笑している声が聞こえた。
「スゴイネ!こんなにたくさんの人がいるなんて!」
「コキリの森とは全然違うんだなぁ…」
田舎からのおのぼりさんよろしく、リンクはあっちこっちをキョロキョロ見回しつつ歩いていた。
すると、どんっと誰かとぶつかる。
「おっと」
「あっごめんなさい」
振り返って謝る。
だがリンクがぶつかってしまった相手は、運が悪いことに柄の悪そうな少年3人だった。
見たところリンクよりも少し年上と思われるその少年達は、リンクを見ていちゃもんをつけ始めた。
「お前!気をつけろよな!」
「そうそう、何処見て歩いてんだよ」
「全く、これだから田舎モンは嫌だぜ」
少年達はリンクをバカにするようにハハハっと笑う。
ナビィがなだめるのも聞かずにリンクは3人に反抗した。
「なんだよ!謝っただろ!」
「ハン、謝ってすむんなら苦労しねえんだよ!」
そういって、少年の1人がリンクを後ろから羽交い絞めにする。
普段なら後ろの気配を察知することなんて容易いのに、ざわざわと騒がしい城下町では人の気配を上手く
感じ取ることが出来なかった。
「は、離せ…っ!」
「リンク!!」
ギリ…と腕に鈍い痛みを感じ、リンクは思わず眉を寄せる。
ナビィの叫び声を聞いて、もう1人の少年が何処から取り出したのか布の袋でナビィを捕まえる。
「ナビィ…!」
体を捩って必死に抵抗するも、相手の方が体格もよく無駄な抵抗となった。
ナビィを捕まえた少年は袋を持ちながら横でゲラゲラ笑っていた。
袋が動いていることから、中でナビィが暴れていることがわかる。
残る1人の少年はというと、押さえつけられてるリンクの体を弄り始めた。
べたっと手が触れて、リンクの体が跳ね上がる。
「やっ…!」
「おっコイツいいもん持ってんじゃん」
「っそれは…ッ…!?」
そういって取り出したのは、デクの樹サマから託されたコキリのヒスイだった。
デクの樹サマの形見ともいえるそのヒスイを取り上げられ、リンクは必死になって懇願する。
「返せ!返せよ!」
「なんだよ、そんな必死になって」
「どうやら大事な物らしいな」
奪ったコキリのヒスイをボールのようにポーンポーンと掌の上で弄びながら、少年はニヤニヤ笑う。
コキリのヒスイはハイラルを救う上で重要な役目を果たすものだ。
したがって、こんな所で見ず知らずの少年達に易々と渡すわけにはいかなかった。
「頼むから…返して…っ」
声が震え、嗚咽が混じる。
コキリの森にいた頃、自分には妖精がいないからといってミドにいじめられたことがあった。
その時はサリアがリンクのことを守ってくれて、普通に考えれば男である自分が女の子に守られるなんて
情けなかったけれど、本心を言えばサリアが味方になってくれたことは心強かった。
しかし今は誰も自分を助けてくれない。
周りの人々も好奇心や軽蔑の目を向けるだけで、それ以上のことはなかった。
世界に出て初めて感じた恐怖。孤独感。
どうすればいいのか、無知なリンクにはわからなかった。
「おい、何やってんだよ」
「あぁっ?」
何処からともなく聞こえてくる声。
リンクがはっと顔をあげると、そこには黒い衣を身に纏った自分と瓜二つの少年が腕組みをしながら立っていた。
瓜二つと言っても、髪の毛や瞳の色は自分とは正反対と言ってよい。
黒い帽子の下から除く前髪はシルバーアッシュで、瞳は深い赤だった。
「そいつ泣いてんじゃねーか。離してやれよ」
「うるせえな!テメーもこいつのようになりてーのか!?」
「うるさいのはどっちだよ。デカイ図体してゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ」
「何…っ!?」
生意気な、とでも言いたげに大柄な少年が殴りかかる。
すると、突然現れた少年は身軽にその拳を避けると剣を引き抜いた。
そして避けられたはずみでよろけ、尻餅をついた少年の喉元に剣の先を向ける。
あと数センチで喉をかき切られそうになり、「ヒィ」っと情けない声を上げる。
それを見て怖気づいたのか、2人の少年はバタバタと逃げ出し、残りの1人もじりじりと後ろに下がってから
起き上がると慌てて2人の後を追いかけていった。
「フン。バカめ」
そういって剣を鞘にしまうと、へたりこんでいるリンクに手を差し出した。
「お前もいつまでそこにへばってんだよ」
「あっ…ありがとう…」
差し出された手を握ると、そのまま引っ張り起こされる。
リンクが立ち上がると、袋から脱出したのかナビィが飛び寄ってきた。
「リンク!!良かったぁ」
「ナビィ!俺の方こそ助けてやれなくてごめんな…」
「ううん、いいの」
そんなやりとりをする2人の横を、先程の少年がスタスタ歩いていく。
リンクは慌てて後を追いかけた。
「ま、待って!」
「あぁ?何だよ」
「何だよって…」
「用がないなら俺は行くぜ」
「そんな…っ…!」
少し潤んだ蒼い瞳でじっと見つめられる。
まるで雨の日に捨てられた仔犬を思わせる目だった。
少年はハァーっと盛大に溜め息をつくと、リンクの手を引っ張って歩き出す。
「わっ、ちょっ!何処行くの!?」
「いいから黙ってついて来い」
城下町をずかずか歩き、しまいには平原に出てしまっていた。
手を振りほどこうにも指と指と絡めて握られているし、何よりも自分を助けてくれた人だけあって
リンクも抗うことが出来なかった。
* * * * *
「ここは…?」
「ハイリア湖だ」
最初は引っ張られていたリンクも、やがては少年と並んでここまで歩いてきた。
リンクは自分と年が近いこの少年に少し親近感を抱き、道中にあれこれと話しかけた。
と言っても、リンクに話しかけられた少年の方は「ふーん」とか「あっそ」とかそっけない返事をしていたのだが。
そして長らく歩いてようやく辿り着いたのが、ここハイリア湖である。
目の前の大きな湖にリンクが感嘆の声を上げた。
森にある小さな池しか見たことがなかったリンクにとって、雄大で壮観な湖は初めて目にするものだった。
「すごい…」
「なんだ、お前。初めて見るのか?」
「うん。俺、ずっと森で育ってきたから…こんなに大きな池見たことないよ」
リンクの言葉に少年がガクッとなる。
ムードもへったくれもないななんて思いながら、「これは池じゃなくて湖なんだ」と教える。
それによってリンクは自分がとんでもない間違いをしたことに気付き、羞恥から顔を赤くした。
そんなリンクを見て、少年はぷっと小さく吹き出す。
リンクはばしゃばしゃと水の中へ入り込み、魚を捕まえたりして今までの疲れを癒やした。
散々はしゃぎ回ってそろそろ疲れてきたな、とリンクが思った頃はもう既に日が傾いていた。
今まで黙って岸辺からリンクを見ていた少年はおもむろに空を見上げると、視線をリンクに移す。
「こっち来いよ」
「えっ?あっ……」
そういってリンクの手をとり、木の橋を渡る。
ギシギシ音を立てるから、2人で歩いたら壊れるんじゃないかとリンクは思った。
橋を渡ると2人は湖の真ん中にある孤島に辿り着いた。
その孤島には1本の木が立っており、地面には何か石で出来たようなものが埋め込まれている。
真ん中には花のようなマークがあった。
リンクがこれは一体なんだろうと思ってまじまじと見ていると、少年が「おい」と言う。
なんだと思って顔を上げると、オレンジ色に輝く太陽が山のふもとに沈みかけているところだった。
「すごい…」
言葉を失って、それ以上は何も言えなかった。
沈みゆく太陽。黄金色に染まる空。自分の首筋を撫でていくひんやりとした風。
太陽の光を受けて輝く水面が揺れ、空の彼方で太陽の逆光を浴びて黒く見える鳥達が羽ばたいている。
初めて目の当たりにする黄昏に心が震え、自然の壮大さを肌で感じた。
「すごい…すごいね、俺、こんなに綺麗な空生まれて初めて見たよ!」
しばらく夕陽を見入った後も興奮が冷めないのか、リンクは嬉しそうな顔をしてわあっとまくし立てた。
そんなリンクを見て少年が何処か寂しげな顔をする。
「…どうしたの………?」
「……………」
しん―と2人を静寂が包んだ。
風が吹き、ざわざわと音を立てて足元の草が揺れる。
遠くで鳥が鳴いているのが聞こえた。
「ごめん……俺、もう行かなきゃ」
「えっ……」
ずっと握っていたリンクの手をするりと離すと、少年は孤島の縁に立つ。
今まで止まっていた時計の針が急に動き出したかのような感覚に襲われる。
「ま、待って…っ…!」
「何でそんな急に!」と、リンクの悲痛な叫びが木霊した。
リンクは慌てて少年の下へ近寄っていくが、彼は振り返ると自分の下へ来させまいとしてリンクを押しやった。
「じゃあな……リンク」
「……っ…!!」
優しく、でもどこか儚げに小さく微笑むと、少年はすっと飛び降りた。
バシャン、と何かが水に落ちる音がしなければ飛沫もなかった。
リンクはただ呆然としてその場に座り込む。
暗く深い湖の底をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。
「まだ…名前も聞いてなかったのに……」
涙が零れて、水面を揺らした。
少し冷たくなった風が頬を撫でていく。
暗くなりかけた空には、星が一つ儚く輝いていた。
Twilight
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悲恋ではないけど、ちょっと報われない感じが…。おろろろ。
こういう話が好きじゃない人には申し訳ないけど、私自身甘い話だけじゃなくてこういった話も
好きなので書いてしまう…(´・ω・`)
この後2人はちゃんと再会するんです!ええきっと!
実は何気に恋人繋ぎで手を繋いでいる2人。確信犯なダークと気付いてないリンク(笑)
それにしてもうちのリンクは勇者のくせしてよく泣く…!←
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