始まりというものは、理由もなく訪れるものである。
そんなことを誰かが言っていた。
そして、今ならそれが正しいのだと思う。
この気持ちだって、始まりの理由なんてなかったのだから。




「ねぇ」

「なんだ」

「アイクはさ。リンクのこと、好きなんでしょ?」


午後のティータイムの時間。
がちゃん、と、その場には少々ふさわしくない音が響いた。
アイクは思わず手にしていたティーカップを落としてしまい、紅茶が飛び散ったのだ。
しかも高そうなそのティーカップは見事に砕け散っている。
途端に、マルスが端正な顔を歪めた。


「あっ!ちょっと、そのカップ高いのにどうしてくれるのさ!」


もう、と言いながらマルスはテーブルの上に零れた紅茶をふきんで拭く。
アイクも割れた破片を拾いながら、先程のマルスの発言について考えていた。


「動揺したんだ?」

「……そんなわけないだろ」


紅茶を拭き終わったマルスは、ふきんを畳みながらアイクに問い掛けた。
その顔は随分と挑戦的である。
アイクは目を伏せつつ、やんわりと否定した。


「別に否定しなくてもいいよ。わかるから」

「わかるからって…」

「だって、リンクのことばかり見てるじゃないか」

「!」


意表を突かれて、アイクは言葉に詰まってしまう。
確かに自分はリンクのことが好きなんだろうと認識したことはある。
気がつけば目で追ってしまうのも、毎晩夢に出てくるのも、思わずキスをしてしまったのも、みんな自分がリンクに対して
恋情を持っているからなのだと。
しかし、本当に認めてしまっていいのかと思う自分もいるわけで。
男同士で恋愛なんて認められるわけがないと、否定する自己もまた存在していた。
好きだけれども、それを認めてはいけない。
それは一種の葛藤だった。


「リンクって中性的な顔立ちだしね。それに意外と華奢だし」


クッキーを摘みながらマルスが言う。
それはお前だってそうだろう、と、喉まで出かかったが言葉にはしなかった。
マルスはテーブルに肘をついて、組んだ手に顎を乗せる。
そして、少しばかり首を傾げてアイクに尋ねた。


「きっかけは何なの?お兄さんに話してごらん?」


そういってクスクス笑う。
俺は馬鹿にされているのだろうか。
アイクは、はぁっと息をついた。


「きっかけなんて、ない」


窓の外を眺め、ぽつりと呟く。
そう、きっかけなんてない。
強いて言えばあの書斎での出来事だ。
あれがなかったら、自分はリンクに対してこんな気持ちを抱かなかったのだろうか。
風に吹かれて揺れるカーテンを見ながら、アイクはそんなことをぼんやり考えた。


「まあ、恋ってそういうものだよ」

「……そうか」


ちらりとマルスの方を見ると、さっきとはうって変わって真面目な面持ちだった。
マルスも自分と同じように恋をしているのか、それとも過去の経験によるものなのかは
アイクにはわからなかったが、少なくとも自分よりは恋愛経験値が高いことを知っている。


「ただ……」

「?」

「僕なら欲しいものはかならず手に入れるけどね。力ずくでも」


そのあまりにも冷ややかな目に、アイクの背筋を何かが駆け上がる。
言葉が出てこない。
アイクが出来るのは、少しばかり見開いた目でマルスを見据えることだけだった。


「なんてね。でも、欲しいものを手に入れたいって思うのは誰だってそうでしょ?」


ははっと笑いながらマルスは言う。
あまりの温度差にアイクはただただ呆然とした。
悪いやつではないとわかっているのに、時折こうやって彼のことがわからなくなる。
人の気持ちはわからない。
しかし、それはもちろん自分にも言えることであって―


「ちょっとお手洗い行って来るね」


マルスは唐突に立ち上がり、手をひらひらと振りながら部屋を出て行く。
アイクは「ああ」と言って頷き、マルスを見送った。
そしてマルスは部屋から出て応接間の大きな扉を閉めると、そのままそっとドアにもたれた。
はあ、と口からは小さな溜め息。


「両想いなら早くくっついちゃえばいいのに」


ほんの少しばかり苛立った口調で、マルスは呟いた。
リンクに直接気持ちを問いただしたことはない。
けれど、彼は素直というか、正直だから見ていてすぐにわかった。
彼もアイクのことが好きなのだと。


「少しは僕のことも考えてよね」


誰かに言うわけでもないけど、そんな言葉が自然と口から零れる。
それは、第三者のささやかな愚痴だった。




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今回は王子とアイクのみ。
マルスはアイリンを語る上では欠かせない存在だと思ってます(´▽`)

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