が抱くエスポワール








四面楚歌とはまさにこのことだった。
辺りを見回しても敵しかいない。
体力にも限界が近づき、脚がおぼつかなくなってきた。
だがガノンドロフを倒すまでは、こんなところで負けるわけにはいかない。
ハイラルの勇者としてのプライドがそれを許さなかった。


「くそっ!こんなに敵の数が多いなんて…」


襲い掛かってくる敵を切り込んでいく。
相手は5体。
上手く攻撃を交わし、回転斬りをくらわせることが出来れば…。
そう思っていたら、頭上でナビィが叫ぶ。


「リンク!危ない!」

「……っ…!?」


振り返る間もなく、頭に鈍い痛みが走る。
迂闊だった。盾で殴られたのだろうか。
それすらもわからず、リンクの意識はまどろんでいった。







* * * * *







パチパチと焚き木が燃える微かな音が聞こえ、リンクはうっすらと目を開けた。
何処かに洞窟にいるのだろうか。
しかし自分はさっき殴られて…そう考えつつ重たい頭を上げる。


「まだ起き上がらない方がいい」

「…っ!?」


びっくりして声がした方を見ると、金色のハープを持った人物がいた。
頭には包帯を巻いており、口元はスカーフで隠れているため顔はよくわからない。
中世的な顔立ちだが、声からして男であることがかろうじてわかった。


「君、は…?」

「僕はシーク。ハイラル平原で偶然君を見つけてね。僕が助けなかったら今頃あいつらに食われてたんじゃないか?」


ゆっくり起き上がると、痛みはさっきよりもひいているように感じた。
シークは何とでもないといった風な顔をすると、ハープの弦をしなやかな指で弄ぶ。
そんなシークを眺めていて、何かが足りないと思い出す。
ナビィがいない。


「ナビィ…?」


リンクは辺りを見渡す。
彼女は妖精でありながらもリンクのかけがいのない友人であり、パートナーだった。
まさか敵にやられる自分に呆れて何処かに行ってしまったのだろうかと不安になる。
そんなリンクの様子を察したのか、シークがなだめるように言う。


「あの妖精なら近くに泉があるかどうか探しに行っただけだ。別に君を置いていったわけじゃない」

「そ、そっか…」


それ以上言うこともなく、リンクは自分にかけられていた薄い毛布に視線を落とした。
目の前の青年は自分とそう大して変わらない年であろうに、ずいぶんと落ち着いてる気がした。
話し方もどことなく高貴な雰囲気を醸し出している。
一体何者なのだろうか。
リンクがそう考えていると、シークはそんなリンクの心の中を汲み取ったかのようにして口を開く。


「僕が何者なのか気になるのか?」

「えっ、まぁ…その、気にならないと言ったら嘘だけど…」


シークは持っていたハープを置くと、リンクの方を見据えた。
深く透き通った紅い瞳に見つめられてリンクの背をぞわりと何かが駆け抜けた。


「僕はシーカー族の末裔だ」

「シーカー族…」


シーカー族といえば、かつてハイラルに住んでいたとされる伝説の民族だ。
ゼルダ姫の乳母であるインパも自らがシーカー族の生き残りであると言っていた。


「シーカー族は古来からハイラル王家と守る影の一族とされていた。だが、王家の裏切りにより種族は滅亡。
 血に塗れた悲しい歴史だけが、伝説となって今世まで引き継がれている」

「シーク以外に生き残った人とかは…?」

「僕を除くとゼルダ姫の乳母であるインパだけだ。かつてはシーカー族が住んでいたカカリコ村も今はハイリア人が住んでいる」


リンクは何と言えばいいのかわからなくて、ただ黙った。
慰めるわけにもいかないし、かといって励ますのもこの場にはふさわしくない。
自分の気の利かなさに少し幻滅した。
すると、静寂を破るようにして今度はシークがリンクに問いかける。


「お前の方はどうなんだ?ハイラルの勇者があんな敵如きにやられて」

「なっ…!?」


リンクは思わず顔を上げてシークを見る。
シークは自らの紅い目をすっと細め、何の悪びれた様子もなく、淡々と言葉を続ける。


「僕がたまたま君を見つけたからいいものの、そうじゃなかったらどうするつもりだったんだ」

「そんなこと…っ…!」


確かに、彼に助けてもらわなければ自分は今頃どうなっていたかもわからない。
自分でもわかっていたつもりだったが、そんな言い方をされてはいくらリンクだってカチンとくる。


「君は神に選ばれし勇者なんだ。その自覚をもう少し持ったらどうなんだ?」


突き放されるように言われ、リンクの顔が怒りでカッと赤くなる。
同時にリンクを繋いでいた糸がぷつりと切れた。
シークをキッと睨みつけて悲愴な声で叫ぶ。


「お前に…お前なんかに何がわかるんだよ!」


あぁ、もう。無理だ。
誰にも言えず、心の奥深くに閉まって絶対開けまいと鍵をかけていた感情が爆発する。
本音が心の底から這い上がってきて、どろりと溢れ出す。


「俺だって、望んでこうなったわけじゃない…!何も知らずに、コキリの森で…皆と一緒にいたかったっ…!」


本当はコキリ族ではなく、ゼルダ姫と同じハイリア人。
そして、神に選ばれた勇者。
死に際のデクの樹サマが自分へ手向けた言葉は今でも覚えている。
世界を覆い尽くすであろう暗黒からハイラルを救いたまえ、と。
10歳の自分に突きつけられた使命は測り知れなかった。
大好きなデクの樹様の死に対する絶望と世界という大きな存在を守らなければならない使命への恐怖。


「コキリの森を出てからは戦ってばかりだった…!毎日毎日、たくさん血を見て…」


森を出てからは自分を守ってくれる者が誰もいないことを知り、剣をとった。
いくら敵とはいえ、生き物を殺しているのには変わりない。
朽ちてゆく亡骸を見ては、自分が穢れていくように感じた。


「いつだって俺は一人だった……皆がいたって、俺がちゃんとしなきゃ助けてなんてくれない…!」


そしてハイラルを救う中で、サリアやダルニア、ルト姫、ラウルなどの賢者だけではなく、エポナやマロンなどたくさんの人が
自分に手を差し伸べてくれる。
しかし、結局は自分一人で戦っていかなければならない。
それは紛れもない事実であり、変えようのない運命だった。


「なんで…どうして俺なんだよ!」


歯止めが利かなくなり、感情が剥き出しになる。
抑えきれなくなった感情は涙となって溢れ出た。


「もう、やだよ…こんな…っ…!」

「リンク…!」


シークがリンクの腕を掴んで落ち着かせようとする。
しかしリンクがそれを拒み、シークの腕を振り払おうとする。
リンクはばたばたともがいた。


「やっ…離せ…触るな…っ!」

「リンク!落ち着け!」

「こんな…こんな思いするくらいなら、勇者になんかなりたくなかった…っ……!」


ずん、とシークの心の中に鉛が落ちたようだった。
神に選ばれた身分を否定するのは神を否定しているのと同じだ。
だが別にシークはそのことについて衝撃を受けたのではなく、一番恐れていた核心を突かれたからだった。
勇者になることに対し、リンクは否定も肯定も出来なかった。
何故ならばそれが必然で、運命だったから。
しかし、リンクの心の中に少しでも否定する気持ちがあれば、勇者としての立場は揺らいでしまう。
そうすれば、トライフォースの力もまた弱まり、その脆弱性は否定出来ない。
トライフォースは全ての生命の源でもある。
3つのうちの1つでも力が弱まれば、全ての世界に大きな打撃を与えることになるだろうとシークは悟った。


「も…離、せよ…っ…!」


涙目で睨みつけるリンクの目は見ずに、リンクの腕を押さえる手に力を込める。


「嫌だ」

「なっ…!?いい加減に―――ッ…!?」


リンクを引き寄せると、シークは自分の口元を覆っているスカーフを取り払いそのままリンクの唇を塞いだ。


「…っん、っぅ……」


こういった行為に慣れていないのか、リンクの力が抜けていることは腰に回した腕からすぐわかった。
リンクは抗う素振りも見せず、シークにされるがままだった。
シークが口を離すと、名残を惜しむかのように透明な糸が2人の舌を繋ぐ。


「シー…ク…」

「ごめん。君にあんなことを言わせたかったわけじゃないんだ」


シークはリンクを抱く腕に力を込める。
リンクも恐る恐るシークの背に腕を回した。


「違う…俺が…全部俺がいけないんだ…」


落ち着きを取り戻したリンクは、先程の半狂乱になっていた自分を思い出して罪悪感に苛まされた。
勇者になりたくなかったなんて、思っていたとしても口にしてはならない言葉だったのに。
塞き止めるものを失った川のように感情が溢れて止まらなかった。
思い出すと惨めで情けないと思う。
気をつけなければ、また泣いてしまいそうだった。


「もう大丈夫だから」


シークは子供をあやす母親にように優しく微笑んで、リンクの目尻に溜まる涙をそっと舌で掬う。
そしてその目尻に口付けを落とすと、何も言わずにまだ少年らしさが残るリンクの体を抱きしめた。







* * * * *







「ん……」

「リンク!起きた?」

「あ…ナビィ…?」


うっすらと目を開けると、そこには小さな羽根をパタパタ動かしているパートナーの姿が目に入った。
どうやらあの後、シークに抱きしめられたまま寝てしまったようだった。
寝起きの頭でそんなことを考えて、思わずハッとする。


「シーク!?」


がばっと飛び起きるが、そこには誰もおらず、焚き木の後だけが残っていた。


「あの男の子、シークって言うの?私が帰ってきた時に入れ違いで出て行っちゃったの」

「そう…そっか…」


リンクはへなへなと力が抜けるのを感じた。
お礼を言うことも、謝ることも出来なかった。
ただ、自分のわがままに付き合わせてしまっただけだった。


(あんなに迷惑をかけてしまったのに…)


リンクが俯いていると、ナビィが洞窟の入り口へと飛んでいく。


「HEY!リンク!見て見て!朝焼けがすごくキレイだよ!」


元気がないと思ったリンクを励まそうと思っているのだろうか。
彼女なりの、精一杯の優しさだった。
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるナビィを見て可愛いな、と思いリンクは小さく笑う。
リンクもナビィの元へ行き景色を望むと、東の空が真っ赤に染まっていた。


「スゴイね。あんなに真っ赤なんて…」

「うん…」


まるでシークの瞳を彷彿させるかのような朱だった。
茜色の雲が流れ、金色の光がだんだん辺りを照らしていく。


「ねぇっ、何かメロディーが聞こえない?」

「え…?」


ナビィに言われ、耳を澄ましてみる。
何処からか、ハープを奏でる音が聞こえた。
美しく、でも何故か胸が詰まるような、哀しいメロディーだった。


「キレイだね…」

「…あぁ……」


暁の空に響くハープの音を聞きながら、リンクはそっと瞳を閉じる。
その閉ざされた瞳から、涙が一筋頬を伝った。


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シーク×リンクっぽくないけど、シーク×リンクと言い張…る…!
私の中ではシークとゼルダは完全に別人にしてます。
リンクは勇者だけど心の何処かでその事実を受け入れることが出来なくて、けどそんなこと
誰にも言えずいつも一人で戦っている。孤高の戦士。そんなイメージ。
ダンジョンの中とか走り回って戦ってるから肉体的には丈夫で強いけど、逆に繊細で精神的に脆そう。
世界を救うプレッシャーから情緒不安定になったりとか。
その点シークは精神的に大人だから、リンクを支えてあげてればいいなあとか思う。
ちなみに文中に出てくるシーカー族の話とかは私の捏造というか妄想ですすいません…!(ひい)
あとエスポワールはフランス語で希望という意味です(・ω・)
シークに支えられて、勇者としての誇りと希望を改めて持ってもらえたらいいな!とかね!でへ!

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