「坊ちゃまー!マルス坊ちゃまー!」


自分の名を呼ぶ声。
でも、見つかってはいけない。
マルスは身を伏せつつ、茂みの奥へと駆け抜けていった。
いつもの場所に行けば大丈夫。
この広い庭に、たった1箇所だけ。
自分だけしか知らない場所があるのだ。
そう思っていたのに―


「あれ…?」


自分の目の前にいるのは、寝転がってすーすーと寝息を立てている一人の少年。
見た目からして、自分と同い年ではないだろうか。
金色の髪、緑色の服。
そして、長い耳。
ぱっと見は森の妖精とかそんな感じだった。
エルフっていうんだっけ。
前に読んだ本にもそういうキャラクターが出てきた覚えがある。


「この辺の子かな…?見たことないけど」


起こさないようにそっと近づいてみる。
寝顔を見て、整った顔だな、と思う。
もちろんまだ子供だけど、一つ一つのパーツが綺麗だった。
男の子にしては割と眺めの睫毛、すっとした鼻筋、ほんの少しだけ赤い唇。
瞳はどんな色をしているのだろうかと気になった。
でも、とても綺麗な色をしているに違いないと勝手に思い込んでしまう。
それはある意味で偏見だった。
マルスはおもむろに長い耳へと手を伸ばす。
こういうのは、本の中だけの世界だと思っていたけどやっぱり世界は広いなあと子供ながらに思う。
そっと触れてみると、自分の耳とそう大して変わりないように感じられた。


「んっ……」


少しばかり眉根を寄せて、小さく身じろぐ。
慌てて手を離すと、少年はゆっくりと目を開けた。


「ごめんね、起こしちゃった?」


気持ちよく寝ていたところを悪いなと思いつつ声をかければ、少年はぎょっとしたように目を見開いて、
そして次には急いで立ち上がって逃げるように走り出す。
マルスも思わず彼を追いかけた。
逃げられると追いかけたくなるのは人間の性なのかもしれない。
走るのは決して遅い方ではないが、目の前の少年も止まることなくどんどん先へと走っていく。
まるで自分から逃れるかのように。
マルスは年の割にはすらりと長い腕を伸ばして、少年の腕を掴んだ。
その拍子に、「あっ」と声を上げて、彼はそのまま倒れこんでしまう。
当然だが、腕を掴んでいたマルスもそのまま覆い被さるようにして倒れこんだ。
しかしそれほどまで痛みを感じなかったのは、自分の下に少年がいたからだろう。


「あっ、ごめん…!」


重かったよね、と言いつつマルスは身体を持ち上げる。
不安の色を浮かべつつマルスのことを見上げるその瞳は、空のように青かった。
見つめられて、思わずどきっとする。
こんなにも綺麗な瞳は、生まれてこの方見たことがないと思った。
自分の母親が持っている数々の宝石のどれよりも、美しいと。
11歳にして、そう思った。


「大丈夫かい?」


尋ねてやれば、こくりと首を立てに振った。
マルスは立ち上がると、膝についた汚れを簡単にはらってから手を差し出す。


「ほら、立って」


少年は遠慮がちにマルスの手をとると、ゆっくりと立ち上がった。
そしてマルスと同じように手で汚れを払う。
袖口から伸びる腕は酷く華奢だった。
それに、色も男の子にしては割と白い方だなとマルスは思った。


「君はこの辺に住んでるの?」


マルスは生まれてから今に至るまでずっと此処に住んでいるが、目の前の少年を見たのは今日が初めてだった。
此処は自分の家の敷地内であるわけだが、マルス自身も全てを把握しているわけじゃない。
今日はたまたま乗馬のおけいこをサボったから、バラ園の外れにあるこの林へと逃げ込んだ。
そして彼と出会ったのだった。


「この辺に住んでるわけじゃないけど…」

「そうなんだ。此処、僕の家の敷地だから他の人がいてびっくりしたよ」

「………」


少年は少しだけばつの悪そうな顔をして俯いた。
もしかして怒られたのかと思ったのだろうか。
そう考えて、マルスは弁解する。


「いや、別に怒ってるとか、そういうわけじゃないよ。あんまり人が来ないから珍しいなって思って」


マルスが言うと、少年は顔を上げた。
青い瞳にじっと見据えられる。
それだけで、何故かマルスの鼓動は速くなっていった。


「此処、好きなんだ。緑と、青と、白が綺麗で」


空を仰ぎながら、彼は言った。
緑と青と白。
まるで君じゃないか―
マルスはそんなことを思いつつ、微笑を浮かべた。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕もこの林にはよく来るから」


彼は少し驚いたような顔をしていたが、そっか、と言って小さく笑った。
その笑顔に再びマルスの心が跳ねる。
なんだろう。この気持ちは。
どきどきと音を立てて鳴る心臓。
しかし目の前の少年はそんなことに気付くはずもなく、踵を返す。


「じゃあ、もう行くよ」

「えっ…あ……!」


行ってしまう彼をただ見ているだけなんて嫌だった。
そう思ったのもあって、マルスは咄嗟に待って!と叫んでしまう。


「あの、君の名前は…?」

「リンク」

「リンク?」


オウム返しのように繰り返して言うと、リンクは頷いた。


「また…此処に来てくれる?」


僕は何を聞いているんだろう、と、マルスは思ったが、どうしてそうしたのかは自分でもわからなかった。
そしてリンクは頷かずに口元だけで笑うと、森の中へと消えていった。



---------------------------------------------------------------------------
坊ちゃまと呼ぶのはセバスチャンです(誰!)
マルスは乗馬のおけいこをしてて、あとバラ園もあります、というのが書きたかった←
マルス王子が恋に落ちた瞬間(笑)

BACK